もうこれはチャンス!今覚悟するしかない!と心を決める。
15年計画終結の時期は、正確にはまだ少し先だったが、私は「今がチャンス!」と思った。
このような状況になっている以上、「考え直す余地などない」と思ったからだ。
自分の子どもの所属していたチームの指導者をしながら、その保護者と関係を持つなど、子どもの父親として何の罪悪感もないのだろうか?
人間として最低最悪であり、非常識極まりない。しかも二度も・・・だ。よく平気で小学生達に指導できると思う。本当に吐き気がする。気持ち悪い。
いずれにせよ離婚するのであれば子ども達にもこの状況を説明し、義両親にもこの理由を立てれば有無を言わさず納得してもらえると思った。
「ただの長年の性格の不一致による熟年離婚」ではなく、 私に一切の非がなく離婚出来る。
こんなチャンスはもう来ないかもしれない。
私に迷いはなかった。
さぁ、畳み掛けるように完璧に事を運ばねば。細心の注意が必要だ。少しでも悟られてはならない。
そこから数カ月かけて証拠集め
まずは証拠集めから。
元夫はまさか水面下でそのような活動をしているとは、夢にも思わなかったであろう。
脇があまいあまい・・・
ご近所さん達からのタレコミ等もあり、割と簡単に証拠を集める事は出来た。 長年泳がせておいたのが功を奏したのかもしれない。
何より町内で活動しているのだからいとも簡単。
もう少し考えて行動すればいいのにとも思う。
それなりの証拠も集め全てデジタルデータ化し、証拠は数か所に分けてクラウドで保存。
万が一に備えバックアップを取る、どこからでもアクセス出来るようにしておくという性質は、IT業界で培った経験だ。
例えば、スマホに画像として保存していたとしても、話し合いの際に逆上され、スマホを取り上げられて壊されてしまったら証拠はなくなってしまう。
紙に印刷する場合もその場で破かれてしまってはそれで終わり。
複製して決して手の届かない所に置いておくというのは万が一の時に、とても大切なのである。
弁護士を通して話をするか、それとも自分で解決するか
弁護士相談にも行ってみたが、とりあえずは自分で出来そうな所までは自分でやってみようと思った。
幸いな事に、離婚経験者の友人達から「話し合いの前にこれだけはしておいた方が良い」とか、「条件提示の際に気を付けること」などを、散々アドバイスをいただいていた。
ここには書けない、本当にそんな事が出来るの?的なものも含めて、法律的な目線からのアドバイスなども、とてもありがたかった。
経験者の意見は貴重だ。私は本当に友人に恵まれている。ありがたい。
私は自分がどういう条件で離婚したいのかを、書き出してみた。
そしてその条件をのんでもらい、スムーズにそして思い通りに事を運べるプランを書き上げてみた。全てはそこからだ。
最終的にややこしくなった時には、もちろん弁護士にもお願いするという事も考えておいた。
相手はどう出てくるか分からない。あらゆる場合を想定して、これで来たら、これで対応。などといういくつかの対応パターンも準備した。
よし、プロジェクトの最後の仕上げに入ろう!と思ったが、思わぬ事態が。
ただ一つ誤算だったこと・・・
それは、子ども達3人のうち長男・次男の上の2人が「離婚」にそこまで賛成してくれなかった事だ。
自分たちが社会人になるまで母親が我慢してきたのは分かっている。大人になり、自分達の父親が世間一般から見ておかしいという事も分かっている。だけど・・だけど離婚は・・・という思いらしいのだ。
私が父親の悪口を言わないと誓って来た事が仇になったのかもしれない。
男女間の差があるのかもしれないが、上の二人は筋肉バカの男子だ。
やっぱり男には理解できないのだろうか・・・
そんな時、一番の理解者になってくれたのが、第三子の娘だった。
お母さんはもう充分に頑張ったし、ここから先はもう我慢せずにお母さんの好きなように生きていいと思う。
兄たちはもう社会人なんだし、お母さんは兄たちの言うことを聞かなくていいと思うよ。
と、背中を押してくれた。さすが女の子というか、本当にしっかりしていて頼りになる。
私の両親、兄弟にも報告をしに行ったが「もう、修行は終わりでいいんじゃない?」と、私の決断を支持してくれた。
なかなか一筋縄ではいかなかったが、何度か息子たちと話をし、最終的には渋々ながら納得してくれた。
私の家族には筋を通した。さぁ、後は最終仕上げだ。
(注:元夫は家族のメンバーには入っていない)
今、年齢を重ねて分かったこと
50歳を迎えるにあたり、これが最後のチャンスだと思った。
果たして10年後、同じようにパワーがあるのかどうか?疑問に感じていたからだ。
私の決断は正しかったのか?
今でも正解は分からない。
今現在、こういう結末になったから思うのだが、30代の時の最初の裏切りの時に、そのまま家を飛び出して離婚していた方が良かったのか?と、今でも思う時がある。
あの時は、自分に稼ぎがないから、子ども達がまだ小さいから・・・と、一人で育てる自信がなかったから、再構築を選んだのだ。
だが、 何より「若さ」があった。 両親もまだ今より若かったし、多少助けを借りながら子どもがいても正社員で働くことも出来たかもしれない。
そう思うのは、今この年齢になったからだ。今の自分があの時の自分に声を掛けれるとしたら、両親に頭を下げてでも、逃げる方法もあるよ。とアドバイスしたかもしれない。
では、60歳になった自分は、50歳間近の自分に、どんなアドバイスをするだろう?と考えた。
私はもう50歳間近で、この後一人でやっていけるのか?と不安がなかったわけではない。
でも、今決断せずに60歳になれば、もう離婚する事すら面倒くさくなって現状は10年後もその先もきっと何も変わっていないだろう。
「もう40歳」も、50歳からみたら「まだ40歳」なのだ。めちゃくちゃ若い!むしろ、脂が乗っていい時期なんじゃない?とさえ思う。
だから「もう50歳」も60歳からみたら「まだ50歳」に違いない!
私は60代以上の人達にも聞いてみた。「50歳なんて、まだまだ若い!何でも出来るよ!」と、皆さん口を揃えておっしゃるのだ。
人生の先輩たちの言葉は重みがある。
「もしもあの時に戻れたら」なんて言っても仕方ない。あの時に戻れるなんて不可能なのだから。だから、前だけを向いて行こう。終わったことは仕方ない。5年後、10年後、20年後、自分がどうなっていたいか。それが一番大事だ。
人生100年時代なんて言われるが、これからあと50年(実際はそんなにないのかもしれないけれど)どれだけ人生を楽しむか。
いや、 自由を手に入れてこれ以上ないくらいに思いっきり楽しんでやるのだ!
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