第4話:高級外車と裏切り

第4話:高級外車と裏切り 結婚から離婚までのストーリー

自分でも収入を得る方法を必死で探し出す時期

私は元夫の事業の経理的な部分を多少担当しながら、自分でも何とかお金を稼げる手段を探して、当時先駆けだった「ネットオークション」を始めていた。そして数か月後にはパートに行くぐらいの収入は得られるようになっていった。

最初はパソコンを買うお金もなく、売れるものは全部フリーマーケットなどで売り払いパソコンを買った。

そして、ネットオークションで独身時代に買って大事にしていたアクセサリーやブランド物もがんがん売り払った。

そして独自のルートで仕入れ先も見つけ、ネットオークションを続けながら、その売り上げの中から少しずつIT業界の勉強をするための本やソフトを購入する。

家事・3人の育児・元夫の事業の手伝い、そしてオークションの傍らにプログラミングやグラフィックの勉強を始めていった。

20年ほど前は、なかなか女性はIT業界には少なく、そして情報も少なく専門書やソフトは高価なものばかり。買い揃えるだけでも大変だったが、いつかこれを仕事にしたい!と思っていた。

勉強は子どもが寝ている時間や、少しの隙間時間しかなかったのでなかなか進まなかったが、それでも「何か出来る」ということが、何より嬉しかった。

今でも時々なぜこの仕事を選んだのか?と、聞かれることもあるが、6歳・3歳・0歳の3人の子育ての傍らに「絶対に働きに出ることができない状況」の中で、何か出来ることはないか?と、模索した結果、それしか出来るような事がなかったからだ。

長男は病気がちで、入院などをする事も多かったが、成長とともに多少は落ち着いて来ていたが、次は次男がひどいアトピーで、「かゆいかゆい!」と、寝れない日も多かった頃。

それに加えて昼夜問わずの0歳児のお世話もあったので、すぐにでも働きに出たい気持ちは封印するしかなかった。

そんな中でも「何かしなきゃ、何かできることはないか?」と模索した結果、 元夫の手伝いもしながら在宅でも仕事ができ、子どもたちを養っていける可能性を感じたのがこの仕事だったのだ。

今でこそ「フリーランス」という言葉は一般認知されているが、当時は在宅で出来る仕事などは殆どなく何もかもが手探り状態だった。

そこから数年、ネットオークションもしながらIT業界の勉強も続け、家計を支えながら第三子が幼稚園入園の頃には短時間勤務ながらIT業界の仕事に就く事も出来た。

そこから更に時短勤務をしながら在宅でのIT業界での仕事も増やし、 2足のわらじで経験を積んで行った。

元夫の事業の方は、そこまで余裕のある生活が出来ていたわけではないが、何とか家賃や健康保険、光熱費も滞納せず、人並みに暮らせるようになって来ていた。

しかし、同時にいつまた「回収不能」で何百万という借金が降りかかってくるかは分からない。不安は常につきまとっていた。

やっと暮らしていけるようになったと思ったら、いきなり高級外車を買ってきた

そんな中、ある日突然「今、車を買ってきた」と言って元夫が帰ってきた。

それも身の丈にそぐわない高級外車だ。確かに借金は整理して月々の返済は楽になったし、家賃も滞納もなく払えてはいるが・・・。貯金はないのだ。

子どもの学資保険として積み立てていた、少しのまとまったお金さえ、本当に困り果てた時に解約してしまったぐらいなのだから。

どうしてそんな勝手な事が出来るのか、元夫に聞いた時の答えがこれ。

オマエも乗るだろ?
だいたい、オマエもパソコン買ったよな。

1台しかない車なのだから、子どもの送り向かえなどに乗るのは当たり前。何を言っているんだ?

そうだった。訳の分からない屁理屈や持論で、絶対に謝らない人間だったのだ。元夫は・・・

いくらバカでも、それだけはしないと思っていたのに。

外車を買うのには理由があった。そう、不倫相手がいたのだ。

育児・家事を手伝わなくても、男尊女卑の国で育ったとしても、多少バカだったとしても、それでもきっと根本では家族を大事に思ってくれていると思っていたが、それは私の幻想でしかなかったのだ。

どうしてそんな事が出来るのだろう・・・?

私が今までしてきた事は何だったんだろう・・・?

家族って何なのだろう・・・?

屈辱感と虚無感と、心臓の奥深くに針を刺されたようなどうしようもない痛みと息苦しさ。
でも、子ども達の前で泣くわけにはいかない。私が泣けばまだ小さな子ども達が不安になる。

でももう無理だ・・・そして、その日から元夫の事が汚らしく思えて吐きそうになる。

最初の裏切りの時の傷は自分で思うより、ずっとずっと深く、きっとこれからも一生消える事はないのだと思う。

「最初の」と書いている時点で多くの方はお気づきだと思うが、はい、期待通りにもっと最悪な形でこの後も繰り返します。

私の両親が飛んで来て話し合い。その結果・・・

私はもう離婚しか考えなかった。どうしても無理だと思った。

数日後、それを両親に伝えると夜遅い時間にも関わらず車を飛ばしてすぐに来てくれた。

話し合いの場を子どもに見られるのは良くないと思ったので、深夜だったが両親が来てくれた事には感謝している。

そして、一度やり直してみてはどうか?という事になった。
やっぱり一番の理由は子ども達のため。

でも、本当は次の春には第一子が中学生・第三子が小学生にあがるタイミングで離婚しようと思っていた。しばらくの猶予のつもりだった。

だが、この後の展開で色々と考える事になるのである。

今、年齢を重ねて分かったこと

どうして不倫が発覚したのか?と、よく聞かれるが例にもれず「携帯電話のメール」である。
当時、元夫がお風呂に入っている時に携帯が鳴り、当時小学校低学年だった子どもが 「お父さん~電話!」と、言いながら私の前で携帯を開いてメールを読み上げたからである。

よくある言い訳「携帯を勝手に見るから悪い!」(逆ギレ)は通用しない

メールやLINEなど携帯電話でのやり取りを見つけて 浮気や不倫が発覚する事は、おそらく第一位ではないかと思うほどメジャーだと思う。

「勝手に携帯を見てしまったので、強く言えない・・・」と、思ってしまう人もいるだろう。
そもそもそれが間違いなのである

これは2つの議題があると考える

  • 携帯を勝手に見た
  • 不倫・浮気をした

こうやって整理すると2つの問題が発生している。
まず、「勝手に見た」ことは確かに悪い。それは謝ろう。
そして、次に「不倫・浮気した」議題へ移ろう。「携帯を見た」・「不倫・浮気をした」という2つの事実について、話すのだ。

どっちが悪い・先にどうした、こうしたではなく、2つの議題があるのだ。
ごちゃまぜにしてはいけない。

例題を上げて考えてみよう

「僕は出かけるけど、絶対に僕の部屋には入らないでね。ここはプライベートな空間だから」と言って、夫が出かけたとしよう。

でも、その部屋から何やら異臭が。どうしても気になって、扉を開いてしまうとする。すると、そこには死体が・・・。

勝手に部屋の扉を開けたオマエが悪い!信用してないのか!?」と逆切れされても、扉を開けなかったら「死体」は発見できなかったのである。

とんでもなくイヤな予感と臭いはあるけど、そのまま黙って従うのであれば死体は見なくても済むのである。しかし、そんな人間と暮らしていけるのだろうか?

信用しなさ過ぎ、束縛し過ぎも良くないが、男性の微妙な変化に女性は割と早い段階で気が付く場合が多いはず。見てしまってクロだった場合は覚悟を決めておく事も必要だと思う。

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